2015年8月4日

あの日あの時
これなら叱られませんよね?

月刊金融ジャーナル 2015年7月1日号掲載
執筆者:ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社
代表取締役会長兼社長 阿部 託志


 今振り返っても不思議な組み合わせと思う。片や東海圏を代表する優良企業の会長、片や駆け出し証券マンである。年の差は50歳。出来が悪かった私は、投資信託の販売先に困ると、その会長のもとによく泣きついた。

 「お前さん、カネないぞぉ。今月は何を言われてもダメだ」と会長。そんなお言葉にもめげず、「会長、これ、宣伝用の『犬の貯金箱』です。一つ置いていきます」、「お前さん、実はわしには5人のひ孫がおるんじゃ。あと4匹くれんか?」、「会長、一応キャンペーングッズですからねぇ、ゼロでは…」、「分かった、分かった。400万円付き合うわ」、「会長、最初の犬も入れて500万円ですよ」。

 思えば、図々しい証券マンである。しかし、押しも押されもせぬ財界人であった会長が、そんな世間知らずの若者などを相手にする意味がどこにあったのか。恐らくご自身の孫のような気持ちで、私と接してくれていたに違いない。会長の眼差しは、いつも優しかった。

 ところが、ある日事件が起きる。交通渋滞で、私は約束の時間に間に合いそうにない。携帯電話などはなかった時代である。公衆電話から連絡しようか迷ったが、「まっ、いいや」と結局10分遅れた。それがまずかった。「実は車が…」と言い訳を始めると、会長から「馬鹿者ーっ」と凄まじい声で一喝された。「時間を守れんような者が仕事など出来るかーっ!」。

 あまりの剣幕に何一つ申し開きもできぬまま、只々「すみません」を繰り返す。何分間叱られたのかも分からない。鬼の形相の会長の指先が小刻みに震えているのを見て、私の全身は汗でびっしょりになった。這う這うの体で退出すると、いつもは大きく見える「竹田印刷」の看板が遠くに霞んで見えた。それが私などには勿体ない会長の愛情であったとは、その時には気が付かなかった。

 あれから30余年。以来、私は時間にうるさい人間となった。そのことが私にとって、どれほどプラスになったか計り知れない。幸い、わが社の社員も外資系では珍しく、時間厳守型である。今でも時間前にお取引先の受付に立つ時、平成の時代を見ることなく旅立たれた竹田光二会長にそっと問いかけるのである。「会長、これなら叱られませんよね?」と。
 


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