“中央銀行はインフレ抑制に向けて戦っていますが、これ以上撃つ弾がなくなった時に経済が頓挫するのではないか、ということを市場は最も懸念しています。言い換えると、金融政策の引き締めを受けて、追加金融緩和による下支えの「米連邦準備制度理事会(FRB)プット」を期待できなくなった可能性がある、ということです。“
市場が上向く前にはまず一時的な悪化が予想されるため、我々の直近の戦略見通しを最も簡潔に表現するならば、「歯を食いしばって今を乗り切ろう」ということになるでしょう。サプライチェーンの制約、中国における新型コロナの問題、インフレ、経済成長の鈍化、金融引き締め、市場のボラティリティ、ウクライナにおける紛争など、目の前に問題が山積しているためです。これらすべてが長期化しないことを望みます。投資家の視点からは、経済の雲行きが怪しくなっている時期に、中央銀行が利上げでインフレの急上昇に対応しようとしていることが主な懸念です。我々は今後18カ月で米国が景気後退に陥る可能性を40%と見ています。しかしインフレ率が一桁台後半であるということは、市場としてはいわゆる「FRBプット」という最も頼りになる救世主を過去35年間のように信じることができなくなっている、ということを意味しています。今回、経済や金融市場を危機から救うにはFRBは難しい立場に立たされています。
投資家は既にこの点に数カ月も前から気付いていると言えるかもしれません。株式、債券、仮想通貨をあわせると年初来30兆米ドル[1]が失われたという事実に投資家は目を覚まさせられました。堅調な経済成長、記録的な雇用、企業収益の拡大といった現在の環境においてFRBプットに頼れないことと、経済が実際に落ち込みだした時にFRBプットに頼れないことは全く違うものです。つまり、市場はこれから大きなストレステストを受けることになるのです。投資家にとっては頭から水を浴びせられるような メッセージです。
さらに、今後数カ月の間に他にも様々なストレステストがありそうです。ロシア産のエネルギー供給が引き続き減少したらどうなるでしょうか? 中国が新型コロナとの戦いをあらゆるものに優先させ続けたらどうでしょうか?我々の予測通りインフレ率が第2四半期にピークアウトするものの、3%ではなく5%近辺で安定したらどうなるでしょうか? 我々の想定とは異なるものの、戦争がNATO(北大西洋条約機構)の領域まで拡大するとどうなるでしょうか?
答えのない問いが数多くあります。今年下半期に市場にとって深刻な問題になり得る明らかな動向もあると我々は考えています。企業に対する収益圧力が高まっており、資金調達環境は悪化しています。新型コロナ関連の景気刺激策は特に米国において期限切れを迎え、インフレの影響で消費者の実質購買力は低下しています。よって、我々は特に株式市場における高いボラティリティが続き、社債に圧力がかかり、新興国が苦戦すると予測しています。
しかし、このようなリスクが顕在化せず、明らかにかなり狭い滑走路にFRBが経済をソフトランディングさせられると投資家が信じられるようになれば、年末に向けて見通しが改善する可能性もあります。そうなると、今後12カ月間で大半の資産クラスがプラスのリターンを生む余地が生まれるでしょう。この点も、経済が持ちこたえ景気後退を避けられるという前提に立っています。つまり、2022年の経済成長率は米国が2.9%、ユーロ圏が2.8%、中国が4.5%であり、2023年の経済成長率は米国が2.4%、ユーロ圏が2.2%と穏やかな鈍化にとどまり、一方中国は4.8%まで改善する、という前提です。
インフレ率は来年、米国で4.7%から2.9%に、ユーロ圏では8.0%から3.3%に低下する見通しです。しかし、そのためには中央銀行は徐々に金融引き締めを行う必要があります。我々は今後12カ月間でFRBが金利を3.25~3.5%まで徐々に引き上げ、欧州中央銀行(ECB)はそれまでにリファイナンス・オペ金利を1%に引き上げると予測しています。FRBとは異なり、ECBはこの期間中にバランスシートの圧縮には動かないでしょう。我々の基本シナリオでは景気後退を想定していません。よって、米国ではイールドカーブが若干スティープ化するものの、利回り全体としてはこれ以上の大きな上昇はないと考えています(今後12カ月の10年物米国国債の利回りを3.25%と予測)。一方で、ドイツについてはイールドカーブがさらにフラット化する見込みで、10年物ドイツ国債の利回りは2023年6月に1.00%になると予測しています。
社債のリスクプレミアムは当初さらなる拡大に直面する可能性がありますが、今後12カ月間でプラスのリターンを生む余地があると考えています。特定の新興国債券についても同様です。米国の金利上昇とドル高によってもたらされた圧力がそれまでに落ち着くためです。米ドルは現在の水準より若干弱含むでしょう。今後12カ月間でユーロ/米ドル為替レートを1ユーロ=1.10米ドルと予測します。
株式市場の環境は短期的には引き続き厳しいでしょう。第1四半期の企業収益の大部分は依然驚くほど安定的で、収益予想もいまだによく持ちこたえています。しかし、今年中に下方修正される可能性を我々は懸念しています。ただし株式に対して脅威となるのは債券の推移です。米国では、10年物インフレ連動国債(TIPS)の利回りはマイナス1.1%からプラス0.2%に上昇しました。これが2つの理由から株式の重荷になります。1つ目の理由は、今後の収益に金利上昇が織り込まれることになり、これが特に成長企業に痛手となることです。2つ目の理由は、株式が「他に選択肢がない」という決まり文句の恩恵を受けられなくなり、株式から債券へのシフトが進むでしょう。とはいうものの、債券とは異なりインフレに対してある程度守られているという事実から株式はやはり恩恵を受けています。株式のバリュエーションは最近の高水準から既に低下しています。株式セグメントのボラティリティがいったん低下すれば、そこからの回復を予想することが可能でしょう。
オルタナティブ投資の一部も金利上昇の影響を受けていますが、株式市場や債券市場ほど明白な爪痕ではありません。現在我々は不動産よりもインフラプロジェクトを選好します。キャッシュフローが長期的に固定されており、大半はインフレ連動の恩恵を受けるためです。金は実質金利の上昇のあおりを受けています。しかし、地政学リスクプレミアムの高さ、インフレ懸念、仮想通貨の混乱などを考えると、一旦は持ちこたえるでしょう。最後に、当面の間、構造的な原油の供給不足を予想しています。北海ブレント原油先物価格は1バレルあたり110米ドル近辺を維持するでしょう。
経済の鈍化と継続的なインフレ率上昇が組み合わさり、このところ投資家にとっては非常に難しい環境になっています。また、中央銀行が講じられる手段も狭められています。しかし、欧州と米国で景気後退を避けることができれば、今後12カ月間の見通しは大きく改善するものと我々は考えています。